人間は誰かに必要とされることでそれが生きる意味になる。

こんにちは、イクリス株式会社の吉岡です。

今日の内容は少し重い話というか、内容が濃い話になりますので是非時間のあるときにゆっくりと読んでいただけると嬉しいです。

「生きる意味」と聞くととても哲学的な話ですし、そこまで深く考えたことがないという人もいるのではないでしょうか。

今回は「生きる意味」について話したいのではなく、人間の深い欲求について話したいのです。

私たちは「誰かに必要とされたい」という気持ちを誰しも持っています。

他者承認欲求(他人に認めてもらいたい)と言っても良いかも知れません。

誰しも自分の頑張りを認めてほしいですし、誰かに凄いと言われたら嬉しいものです。

人間は誰かと繋がりを持っていなければ常に孤独感を感じてしまい、何の為に生きているのかが分からなくなってしまうものなのです。

若い頃は平気なものです。

自分が一生懸命頑張って自分の欲求を満たすために生きていくことが出来ます。

しかし歳を取っていったり、一度立ち止まって自分の人生について考えたりすることでその気持ちは無くなっていきます。

「自分の生きる意味」について考えるようになると、どうしても目標や自分の欲求のためだけに生きていくことが難しくなってしまうのです。

私の話になりますが、

私は18歳から競輪選手を目指し、20歳には競輪選手として生活を始めました。

もちろん最初は競輪というやりがいのある仕事に就くことが出来ましたので、とても厳しい世界だと思いましたがやりがいを感じて競輪に向き合っていきました。

しかし競輪選手になって3年ほど経った時にふと考えるようになりました。

「自分は何の為に競輪を頑張っているのだろうか」と。

そこからの競輪生活はとても辛いものでした。

競輪を頑張る理由も気力もどんどん無くなっていきました。

若い時や何も考えていない時というのは、

  • 大金持ちになりたい
  • 良い車に乗りたい
  • モテたい
  • 他人にすごいと言われたい
  • 周りの人に自慢をしたい

そんな気持ちだけで頑張ることが出来ました。

しかし、一度冷静になって自分の人生というものについて考えてみると、「そのために頑張る意味があるのか?」と考えてしまうのです。

自分の為に、自分の欲求のためにそんなに頑張る意味があるのか?と思ってしまうのです。

最初の頃はそう思ったとしても、「いや、競輪をやっている以上は競輪を頑張るんだ!」、「もっと強くなって周りの人を見返してやるんだ!」と、自分を無理やり奮い立たせていました。

しかしそんな仮初(かりそめ)の想いでは結局頑張ることが出来ませんでした。

どうしても競輪を頑張ることに生きる意味を見出すことが出来なかったのです。

ですが競輪を辞める意味も見出せずにずるずると続けていました。

そしてある時に気付いたのです。

「人の役に立つ仕事がしたい」と思ったのです。

それならやる意味もありますし頑張る理由にもなると。

それから私はブログを始めて、それと同時に競輪選手をやりながらカウンセリングの活動も始めました。

次第に競輪選手の中にも広がっていって、競輪の開催中にもたくさんの人の相談を受けることになりました。

その時は基本的には無料で行なっていたのでとても大変さを感じていましたが、それでも誰かの為になっていると感じられていたのでとても充実した時間を過ごすことが出来ました。

その経験を活かしてブログの執筆を始めて、最終的には月間30万人の人が見てくれるような大きなブログを作ることが出来ました。

そして私は文章を書くことや人に文字で伝えていくことにやりがいを感じて競輪選手を引退することを決めました。

元々はブログを書いて生計を立てていく予定でしたがブログを書いているうちに、

「相談をしたいのですがやっていないのですか?」「直接お話を聞きたいです」という嬉しいお言葉をもらうことが多くなり、改めてカウンセラーとして活動をすることを決意しました。

そして現在もこうしてブログを書きながらカウンセラーとして活動していますが、本当にやりがいのある仕事だと感じています。

「誰かの為になっている」「誰かに必要とされている」という実感があるので、

「カウンセラーとして活動をして誰かに伝えていくことが自分の生きる意味なんだ」と感じています。

「誰かの役に立っている」「誰かに必要とされている」という感覚はそれほど大きな力になりますし、自分の生きる意味なんだと感じるほどに充実感を得ることが出来ます。

「自分の為に生きる」ということも大切ですし、そう思うのならそれを突き通しても良いと思います。

しかし人間誰しもどこかで生きる意味について考えたり、一度立ち止まって考える時期が来るはずです。

その時に「自分の為にはもう頑張れない」と感じたのなら、誰かの役に立てるようなことを目標にしましょう。

どんなことでも構いません。

「何をやるか」というのは「手段」でしかありません。

大切なことは「誰かの為になっている実感」です。

それを感じられるのであれば何でも構わないのです。

難しく考えずに、自分がやってみようかなと思うことをやってみてください。

それが自然と自分にとっての生きる意味に変わっていく日が来るはずです。

「誰かの為に」と思っても最終的には自分の為です。

自分が満足をして、自分の生きる意味になるためにやっているのですから最終的には自分の為です。

ですがそれで良いのです。

自分が満足をして他人の役に立てるのならそれが一番良いでしょう。

「誰かの役に立つこと」

それこそが生きる意味であり、自分の人生の目的なのです。

取り止めのない文章になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

これからもこのブログが誰かの役に立って、その人がまた誰かの役に立つことを見つけ、生きる意味になっていくことを心から願っています。

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この記事を書いた人

yoshiokaのアバター yoshioka イクリス株式会社 代表取締役 兼イクリス公認カウンセラー

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